ヒグチアイ、答えの出ない人生と向き合う“思考の足跡” 対照的な新曲「ひと匙」「今この胸に滾るのは」に通ずる視点とは

出す曲出す曲、いい曲ばかりだなと思わせられるアーティストがいる。ヒグチアイもその一人だ。4月3日、10日と2週連続で配信リリースされた新曲「ひと匙」「今この胸に滾るのは」もその信頼を裏切らない。前者はNHKプレミアムドラマ『対決』の主題歌、後者はTVアニメ『スノウボールアース』(日本テレビ系)のエンディングテーマとして書き下ろされた楽曲だ。
ドラマ『対決』は、医大入試での女子一律減点疑惑を巡って対峙する新聞記者と医大理事、2人の女性の闘いを描く社会派エンターテインメントだ。対して、アニメ『スノウボールアース』は、宇宙怪獣との対戦から10年後、全土が氷河期のように凍結した地球を舞台としたSF冒険譚である。両者は全く異なる性格の作品であり、主題歌に求められる温度もまた異なる。しかし2曲を並べて聴くと、ヒグチアイという書き手の一貫した姿勢が見えてくる。
「ひと匙」:わからないまま問い続ける宣言
「ひと匙」は、自分の内側で思考を熟成させるバラードだ。編曲を手掛けたのはTHE CHARM PARK。サウンドの軸にあるのはピアノや弦楽器のクラシカルな響きであり、鼓動を思わせる打ち込みのビート、風のように吹き抜けるフルートや木漏れ日のようなオーボエがそこに重ねられている。
ヒグチの歌声と微かなコーラスによる歌い出しからグッと引き込まれる。〈あとちょっと ほんのひとさじ分の〉。空気を多く含んだ発声でそっと差し出されるこの一節から、楽曲は静かに動き出す。〈ひとさじ分の〉に続く言葉は、まだ明かされない。続くAメロで歌われるのは、〈もしこの悲劇を忘れてしまえば/想像すらされず金輪際こんなことは起きないのか〉〈それとも/もしこの悲劇を刻んでしまえば/後悔は続いて金輪際こんなことは起きないのか〉という問いであり、Bメロでは“わたし”が〈どちらかわからないまま/頭の隅に置いたまま/大人になってしまった〉と歌う。この宙吊りの感覚が、曲全体を貫く通奏低音になっている。
この〈わからないまま〉という感覚は、きっと多くの人に身に覚えがあるだろう。2番Aメロではより具体的なエピソードが歌詞で提示される。〈流行りの歌も流行りの言葉も/海外ドラマの登場人物の名前と顔みたい/覚えられない〉という嘆きや、〈深夜に充電してアップデート/ねえ わたしのことも/更新料払うから寝てる間に/終わらせて〉という比喩の解像度の高さが、現代を生きる人の実感をそのまま言い当てている。そして2番AメロからBメロへ渡るタイミングで、ヒグチのボーカルは打ち込みのビートよりもわずかに後ろに乗る。時代に追いつけない、アンテナを張るのも億劫で感性が鈍くなる――その遅れ自体が、この曲のリアリティになっている。
〈わからないまま〉である“わたし”は、サビでも答えの出ない問いを抱えて揺れている。外から見れば脆弱に映るかもしれない個人の姿をヒグチは正面から書く。それは自分が楽になるための告白ではない。自分の内側に潜むものの正体を見極めようとする行為だ。思考は外へ向かわず、内側へ掘り下げられていく。その上で“あなた”に対しては〈わたしを/見限って〉〈後を追わないで〉と歌い、手を放す。さらに〈わたしを/疑って〉〈あなたの信じた/正しさを生きて〉と知的な自立を促す。自分の不確かさを引き受けた上で、他者の思考を奪わない姿勢に、この曲の倫理観が滲む。
同じくサビでは、冒頭で提示されるも答えを保留されていた〈あとちょっと ほんのひとさじ分の〉の続きがようやく現れる。〈あとちょっと ほんのひとさじ分の/賢さを生涯かけて身につけていくから〉という形で。だが、ここで示されているのは結論ではなく、考え続けるという態度そのものだ。ヒグチがこの曲で歌っているのは、正解がわからないまま問い続けることへの一生をかけた宣言である。答えへ飛びつかず、問いの前に立ち続ける。その長い時間への決意が、この歌には刻まれている。























