倉田翠×女屋理音×櫻井拓斗×宮悠介が語るStep M──世界を目指して松本から踏み出す、堅実で大胆な一歩

長野県松本市から世界を目指すダンス人材を育成するプログラム・Step into the world from Matusmoto(以下、Step M)が2025年1月にスタートした。Step Mは、日本芸術文化振興会からの「クリエイター支援基金 文化施設による高付加価値化機能強化支援事業」に採択されたことを受け、まつもと市民芸術館が推進しているもので、育成対象者となるダンス作家と制作者は、松本に滞在してさまざまなワークショップなどを受けるほか、2027年度以降は本事業を通じて創作された作品を海外で上演することを目指す。

本特集では、Step Mのメンターで、演出家・振付家・ダンサー、さらにまつもと市民芸術館[舞踊部門]芸術監督である倉田翠と、育成対象者のダンス作家・女屋理音、櫻井拓斗、宮悠介にインタビュー。プロジェクトの軌跡を振り返るほか、5月に行われるトリプルビル「Step into the world from Matsumoto」への思いも聞いた。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 山田毅

“一見するとダンスに無関係なこと”も盛り込んだStep Mのカリキュラム

──倉田さんは2024年度にまつもと市民芸術館の[舞踊部門]芸術監督に就任されました。過去のインタビューで、松本ではコンテンポラリーダンスがまだそれほど一般的ではないこと、これから知ってもらうことが大切だということをおっしゃっていました。Step Mのような育成プロジェクトについて、以前からアイデアをお持ちだったのでしょうか?

倉田翠 私はいちアーティストとして活動しているだけだったので、「コンテンポラリーダンスをもっと知ってほしい」というような“コンテンポラリーダンスを背負うような気持ち”はこれまで特になかったんです。ただまつもと市民芸術館の芸術監督になり、ここで働くうえで、「ダンスを広めていこう」という気持ちが芽生えました。また私は今、京都が拠点なのですが、京都でもアーティストやダンス作家の育成は課題になっています。私もこれまで作家の育成はやってきていて、ダンサーというよりは作家を輩出したいという野望がありました。なので、松本でもそのようなことができるのならやってみたいなと思っていたんです。

倉田翠

倉田翠

──確かに、Step Mはダンサーではなくダンス作家を対象にしているのが大きな特徴だと思います。倉田さんとまつもと市民芸術館の方たちはどのようなことを意識してプロジェクトを組み立てていったのでしょうか?

倉田 “いいダンサー”と“いい作家”はまったく違うものだと思っていて、「“いい作家”ってなんだろうか」ということはすごく考えました。そのうえで、まずは自分がやってきたやり方をできる限り全部伝えて、育成対象者の方たちには「あ、自分とは違うな」「これは使えるな」というふうにどんどん使っていってほしいと思いました。ただ、強い作家性を持つアーティストを育成するということは、技術だけ教えるのではダメだと思っていて、やっぱりその人の人間性みたいなところに触れざるを得ない部分がある。なので、それぞれが今どういう地点にいて、どういう問題意識を持っていて、何がそれぞれのコアにあるのかを見続けようと思ってきました。

具体的なカリキュラムに関しては、私が「こうだったらいいな」と思っていたことをプロデューサーの小川(知子)さんはじめ劇場の方たちに伝えて、それを皆さんがそのまま形にしてくださったんです。作品を作ってはすぐフィードバックして……ということではなく、“それが何につながるのかわからない”ようなこと──たとえば山に登ったり、松本市の重要無形民俗文化財である奈川獅子を見に行ったりということにも時間を割いたプログラムになりました。というのも私自身、ダンスのことだけをやってきたわけではなく“一見するとダンスに無関係なこと”がここまで来るには非常に重要でした。なので、これまではダンスの稽古に注力してきたであろう3人が、松本に来るとそこから離れて、変な時空に迷い込んでポカーンとするような(笑)、そんな場になったらいいなと思っていました。

左から宮悠介、女屋理音、櫻井拓斗、倉田翠。

左から宮悠介、女屋理音、櫻井拓斗、倉田翠。

“これから先”を考えたとき、Step Mと出会った

──Step Mのメンバーは公募で選出されました。皆さんが応募した理由を教えていただけますか?

櫻井拓斗 僕がこのプログラムに一番惹かれたのは、ダンス作家を募集している点でした。僕は舞台芸術を学ぶ大学の出身ですが、演劇の作り手が多くて、コンテンポラリーダンスを作る人はほとんどいなかったので、大学を卒業するときに「もう少し鍛錬したいな、この先どうやっていこうかな」と悩んでいました。そんなとき友達から「松本でダンス作家を募集してるよ」と紹介してもらって、応募しました。

女屋理音 私は大学を2021年に卒業したのですが、在学中から振付のコンペティションや新人企画にいろいろと呼んでいただいて。でも徐々に「ここまでに作品を作らないといけない」という思いに追われるようになり、最初に「作品を作りたい!」と思ったときの衝動が薄れてきて、自分が踊る理由がわからなくなっていました。そんなとき、私も知り合いからStep Mのことを教えてもらって、自分と向き合える時間が作れるんじゃないかと思い、惹かれました。ただ、その後ちょっと忘れてしまっていたのですが、劇場で偶然翠さんと隣の席になり、「女屋さん、こういうのがあるよ」と教えていただいて、「あ!そうだった」と思い出し、何か強い縁を感じて急いで締め切り間際で申し込みました。

女屋理音

女屋理音

宮悠介 僕は筑波大学の体育専門学群の出身で大学院まで進学したんですが、体育の中に舞踊の研究室があるという形だったので、芸術的な枠組みの中で舞踊を学んだことがないというコンプレックスがずっとありました。大学院修了後はフリーで活動しつつ、どこかで学びたいという気持ちがずっとあって。また、自分の作品がどう評価されるのか確認したいという思いもあったので賞レースにもチャレンジしていたのですが、それぞれのコンペに向けて“傾向と対策”を考えて作品を作り続けるうちに、どう作ったらいいのかがわからなくなってしまい、“その先に行ってる人”(と倉田に目線を向けて)に会いに行きたくなったのが応募の動機としてあったように思います。

宮悠介

宮悠介

──いろいろな応募者がいらっしゃった中で、この3名を選ばれたのは?

倉田 本当に想像以上の応募がありました(ダンス作家枠の応募者数45件)。その中で私が重視したのは……アーティストってちゃんとコミュニケーションができないとダメだと思っているんですね。自分の作品や考えていることをちゃんと言葉にできることが非常に大事だと思うので、まずは書類でかなり候補を絞りました。面接では、質疑応答のあと、劇場の一番広いスタジオでそれぞれにパフォーマンスをしてもらいました。緊張感がある空間で、そこにどう身体を置けるのかを見させてもらったのですが、3人は、種類は違えど何か見ていられるものがある、説得力を感じました。またこのプロジェクトでは海外に作品を持っていくという使命もあるので、実績は重要。その点、女屋さんと宮くんはバンバン賞を獲っている目立っていた人たちだったので、今後はさらに、賞を獲ることが目的ではない、“世の中に対して作品を作っていく”ことに向かい合ってほしいなという思いがあり、選出しました。櫻井くんはまだ応募当時22歳と若く、未知数な部分があったんですね。なので審査員たちも悩んだのですが、3人のバランスを考えたときに、未知数の櫻井くんが入ることはそれぞれにとっていい刺激になるんじゃないかと思い、この3人に決まりました。

踊ることへの意識が変わるような体験

──2025年1月からStep Mの活動がスタートしました。先ほど倉田さんもおっしゃったように、他の育成プロジェクトでは見かけないような、特色あるプログラムが組まれました。多様な講師によるワークショップから地域に関わるような取り組みなど、皆さんがそれぞれ印象に残っているプログラムについて教えていただけますか?

櫻井 本当にどの講師の方のどのプログラムも刺激が強くて、受けたあとに放心状態になる、の繰り返しでした。中でも僕は山田せつ子さんのワークショップが特に印象深くて、迂闊に踊れないなと感じました。たとえばオープンコールのワークショップに参加しても、あれだけのエネルギーで教えてくれる人にはなかなか出会えません。「今日はこれができれば終わり」とか「踊れなくても大丈夫」というものが多い中、せつ子さんのプログラムはある種、何もできずに止まることしかできない状態になって、そこからさらにもう1回自分が踊ることを考えるような時間で……それは今まで僕がやってきた中でも経験がないことでした。ただ一方で、せつ子さんが僕に共感してくれるところもあったり、「あ、そこを見ててくれるんだ!」というようなところもあったりと、深く見てくださったのがうれしくて、踊り方や踊ることへの意識がすごく変わりました。これは作品を作ることにすごくつながっていることだと感じています。

櫻井拓斗

櫻井拓斗

 僕も、どの講師の方との出会いもショッキングでした。たとえば安田登さんは四角形を書いて、「アーティストはその四方の外にいるんだよ」とおっしゃったのですが、そのお話は街を歩いているときにふっと降ってきたりして、アーティストとしての生き方やあり方を考えるうえで勇気になるなと思いました。また、まつもと市民芸術館芸術監督団団長・木ノ下裕一さんのこれまでのキャリアについてのお話、アクセシビリティのお話も刺激的でしたし、山田せつ子さんのプログラムでは素舞台にポンと投げ出されて「何かしてください」と言われたものの簡単には動けなくて、そんな自分に苛立ち不安になり、自分やその状況に対する怒りみたいなものが湧いてきて、自分が剥き出しになる感覚になりました。そこまで自分を精神的にも身体的にも掘り下げさせてもらえる時間はこれまでなかったので、本当に貴重だと感じました。

女屋 私はどのプログラム、どの講師の方に対しても、小手先の知識や技術ではまったく通用しないということを痛感しました。皆さんいい意味で何かのネジが外れているというか(笑)、“それっぽいこと”ではまったく太刀打ちできない方たちで、自分が一度潰されてゼロに戻るような感覚を体験しました。せつ子さんのワークショップでは、「別に誰もあなたに踊ってくださいと頼んでないんですよ」ということを言われて、それはすごく喰らったんですけど、本当にそうだなと思って。「誰に頼まれたわけでもない、それなら自分が踊りたいと思わないと意味がないんだ」と感じましたし、「もっと他人を見なさい、他者がいるということを知りなさい」とおっしゃっていただいたことも、普段生活している東京から離れて、松本という自分にとって地縁のなかった土地で知らない人に囲まれながらクリエーションするということが、私にとっては他者を知ることであり、自分が何者かを知るうえで良い環境なんだということを実感しました。

倉田 私がダンスを学ぶうえで圧倒的に意義があったと感じているのは大学教育の4年間なのですが、私が大学に入ったときは山田せつ子さん、太田省吾さん、岩下徹さん、砂連尾理さん、寺田みさこさんなど年齢的にも自分と離れた、ある意味圧倒的なアーティストが指導者だったんですね。それこそもう全然太刀打ちできなくて、ほんまに踊れなくなりました。でもそれによって自分が踊るとはどういうことかを問われたことは私にとって非常に大事だったし、アーティストとして自分に何ができるのかを考えなければダメだということを痛感したんです。私はそのように、アーティストとしてある種の恐ろしさを持った人たちから教育を受けたんですけど、それを今、そのまま彼らに浴びせるということではなく、それでも1・2週間の付き合いの人にはやらないような関わり方をしていると思います。みんなもそれを理解してくれたうえで向き合ってくれて、この時間は私にとっても貴重なものです。